5000人と見守る野外シネマ「秒速5センチメートル」

投稿者: | 2016年10月16日

今まで深い海の底のように無音だった世界に、
突然それらの声が浮き上がり、彼の中に溢れた。

同時に様々な音が流れ込んでくる。(中略)
それらが混在して低く響く都市そのものの音。
気づいたら世界は音に満ちていた。

引用元: 『小説・秒速5センチメートル』 新海誠

映画が終わった時、本当にこんな不思議な感覚に陥りました。
昨日10月15日、東京国立博物館であったイベント「博物館で野外シネマ」でのことです。


◆なんと集まったのは5000人。予想以上!
博物館の建物前に大きなスクリーンを立てて、野外で映画を楽しもうというイベント。
以前の開催時から気になっていたのですが、今回は大好きな「秒速5センチメートル」を上映とのこと。
行くっきゃない。ということで、初参加してきました。

現地に着いて思ったのですが、それはもう、人が多い。
入場口からすでに、入館チケットを買う人の波。

1000席もあるはずの座席には座れることなく、会場前の芝生やアスファルトにまで、
所狭しと敷かれたレジャーシート。
屋台ではインドカレーやロコモコ丼が売っていて、長蛇の列を成しています。

そうか。花火大会のときのように、もっと早く来て場所取りしなきゃいけなかったんだ。
当たり前のことに、その時ようやく気づきます。

定刻になると、スクリーン前にスタッフさんが司会で登場。
「東京国立博物館に初めて来た人は?」「はーい!」なんて、観客とやり取りをしながら進みます。
この賑やかな感じ、お祭りっぽい。

◆映画がはじまります…
ひとしきりの前説が終わると、上映がはじまります。
皆驚いていたのは、会場の照明が消えた瞬間。

博物館の建物を照らしていた灯り、周辺の街灯、屋台の電灯もほとんどが消え、
スクリーンだけが浮かび上がります。

それまで賑やかだった声もいつの間にか消え、代わりに映画の音だけが広がって。
立ち見客でさえ固唾を呑んで、揃って前方を見ています。
広い広い映画館が、いつの間にか出来上がっていました。

時々遠くから入ってくる、電車の音か、車の音か。
都市独特の、ほんとうに低く響く音。

空には飛行機が点滅しながら飛んでいて、
あれ、でも星明かりも見えるんだな、なんて思って。
そんな、ハコのようでハコでない、不思議な空間が作られていました。

◆過去に何度も見た、大好きなシーンで感じたこと
最後は、主人公とヒロインの静かなモノローグ。
そして、山崎まさよし「One more time,One more chance」が流れます。

モノローグも歌声も、初めて聴く声のような、不思議な新鮮味。
そして、スクリーンを見守る人たちの、声なき気配だけが感じられます。

そうか。いまこの時、
5000人が東京の空の下に集まって、他の光や音に邪魔されることなく、見守っている。

ふと俯瞰した気持ちになって、
ああ、奇跡のようだな、なんて思ったのでした。

やがて、曲が終わって、
エンドロールが、ピアノの音とともに、流れ始めます。

「気づいたら世界は音に満ちていた」という、びったりの表現を、思い出しました。
音と光が、フェードをかけたかのように、徐々に戻ってきます。

ああそうだ、これが東京の、5000人分の音と光、喧騒だ。
気づけば、イベントは終わっていたのでした。


◆この作品を5000人で集まって見るなんて、やっぱり奇跡だと思う。
やっぱり、奇跡だと思うのです。

10年前の作品、それも小さな映画館で流れていたはずの作品。
部屋でひとり見るような、ある意味でジメジメした作品。
大衆受けする作品じゃない気もします。

それを、感想はどうあれ、5000人が集まって見ている。
それも、東京の夜空の下で、静かに。

「君の名は。」効果で、新海監督作品のファンが増えたのか、
いままでいたファンが、このイベントで目に見える形になったのか、わかりません。

でも、ほんとうに不思議な空間を体験できたイベントでした。
この先、時々思い出すんだろうなあ。とても印象的な一夜になりました。